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それでも、俺たちには……どうにもできない、想いがある……
love is farther than you




「ただいまー」
 玄関で靴を脱ぎながら、誰に言うのでもなく独り呟いた。
 晴樹はるきは肩からカバンを下ろすと玄関先の廊下に放り投げた。手で顔を扇ぎ、制服の裾をつまんで額ににじんだ汗を拭う。それでも汗は止むことなく、ろ過される水のように肌の上に玉となって溜まった。
 ただ今、午後4時16分。本日の最高気温は38度。夕方近くとはいえ、コンクリートから伝わってくる熱は衰えることなく、外はまさに蒸し風呂状態。アブラゼミか、はたまたツクツクボウシか、セミの大合唱が耳に響く、夏真っ盛りの一日である。
 晴樹は不快感極まりない白い靴下を脱ぎ捨てると、ふと冷蔵庫にあるアイスを思い出して風呂場より先にリビングへ直行した。
 ドアを開けると、ブォ〜ンと回る扇風機の音が真っ先に飛び込んできた。こちらに背を向けた長いソファの端から、きゃしゃな裸足がのぞく。ロウのように白く不透明だが、足首は綺麗に締まっている。
 晴樹は横を素通りして冷蔵庫からアイスを取り出すと袋を破って口にくわえ、そのままソファに近づいてそっと覗き込むと、姉の美琴みことが制服姿のまま眠っていた。
 ライチの実のようにぷるんと感触の良さそうな唇。キスする時のようにうっすらと開かれ、そこから呼吸の音が微かに漏れている。
 スゥ、フゥ、スゥ、フゥ。
 規則正しく訪れる扇風機の風が美琴の髪を揺らし、ブラウスの襟を揺らし、スカートの裾をめくる。緑色のチェックのスカートは裾がよれて少しばかり丈が上がり、太ももの半分くらいまでのぞいていた。
 家の中が、途端に静かになった気がした。くわえたばかりのアイスが端から溶け出していく。
 外では、町内会の放送車がゆったりと走りながら、今夜神社で行なわれる夏祭りを呼びかけていた。
 首筋を汗が伝った。
 晴樹はソファの背に腰を預けるようにして寄りかかった。背後に眠る美琴の気配を感じて。
 意味もなく天井を見つめながら、さらさらと溶けていくアイスを口に含み、舌でなぞる。爽やかなはずのソーダの味が口の中でぼやける。
 美琴の微かなうめき声と体をよじる衣ずれの音が背中から聞こえる。
 扇風機の音は、相変わらずリズムを崩さない。周りの世界だけが晴樹を残して進行していくようだ。
 美琴の寝息が耳に絡みつく。白い足が、首筋が、はだけた胸元のうっすらと浮かぶ鎖骨が、脳裏に鮮やかに映えて切り替わり、晴樹の心を責め立てる。
 晴樹はまだ溶けていない固い部分を強く噛みしめた。

 俺とあんたは、あまりに距離が近すぎて、恋することさえ……叶わないんだ。







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