NEXT  内緒TOP  NOVEL  HOME




内緒の関係
【secret.12 心のピース】




「陽介、今日一緒に帰ろーよー」
 メープルシロップみたいに甘い声が、とろりと粘り気を含んで否応いやおうなしに依緒の耳に流れ込んでくる。耳を塞いでしまいたいのはやまやまだが、陽介とは席も近く、傍には梨枝子や知香がいて席を立つこともできなかった。背後では、陽介がどんな表情を浮かべているのか気になって仕方がない。
 意識しないようにしようと考えて自分から積極的に話題を振りまいたが、まるで微かな音さえも察知するレーダーのように、ますます耳が研ぎ澄まされていった。
「……でね、って依緒、聞いてる?」
 知香が不審そうな顔をしたので、依緒は慌てて口を開いた。
「あ、ごめん。あの、明後日試験だから、何か緊張しちゃってて」
「そーお? なーんか他の事に気をとられてるっぽかったけど」
 ニヤリと笑う知香に、依緒はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ま、まっさかー」
 声が不自然に大きくなってうわずり、依緒は苦し紛れに知香の肩を強くはたいた。知香は叩かれた肩を渋い表情でさすりながら、どこか納得できないという顔をして瞳を細める。
「怪しいなー。まあ、とりあえず話戻すけどさ。昨日、私の通ってる予備校で他校の子と自分の学校の男子についての話になったわけ」
 知香は頬杖をつくと二人へ顔を近づけて、やや声のボリュームを落とした。
「うちの学校で誰が一番モテると思う? って話なんだけど。依緒はどう思う」

「モテる人、か。うーん……」
 依緒は視線を天井に泳がせた。何百人といる男子の顔を思い浮かべようとしても誰もが霧でぼやけたように曖昧で、決め手になる人物がはっきりと現れない。しかもモテる人と聞くと、最近一緒にいるせいか和泉しか浮かばない。もちろん和泉は綾南りょうなんの生徒ではないから論外なのだが、こうやって日々芸能人と一緒にいると、どんな人気のある人も霞んで、自然とルックスに対する評価が厳しくなってしまうらしい。依緒が答えに渋っていると、見かねた知香が切り出した。
「じゃあ、学年ごと。一年は?」
「一年か。私、あまり知らないからなー。梨枝子はどう思う?」
 ずっと聞き役に回っていた梨枝子に問うと、梨枝子は意外にもすんなりと口を開いた。
蓮沼はすぬまくんじゃない」
「ああ! しゅうくんね。確かにモテるわ、あの子」
 知香は噂好きなオバサンのように声を張り上げた。蓮沼洲は男子テニス部の一年生で、マネージャーをしている梨枝子と知香にとっては後輩部員に当たる。依緒も臨時マネージャーをしていて何度か話したことがあり、面識があった。
「蓮沼くん、確かに顔整ってるもんね」
 そう言いながら、頭の中で蓮沼洲を思い浮かべた。一年生なのでまだ背はそんなに高くないが、指どおりの良さそうな栗色の髪の毛と意志の強そうな黒い瞳が印象的で、他に染まらない、大人びた雰囲気を持っていた。もしかしたら年上の女の人と付き合っているのではないかと思うほど、年不相応な落ち着きがあるのだ。同学年の生徒と一緒にいるのを見かけても、その雰囲気の違いからすぐに見つけることが出来る。

「てか、テニス部見に来てるギャラリーの半分は洲くん狙いだと思うよ。本人はあまり自覚ないみたいだけど」
「言えてる。蓮沼くん、あまり自分から目立とうとするタイプじゃないからね」
「でさ、逆に目立つってゆーと、ほら、ヤツよ、ヤツ」
 知香は意味深に笑いながら梨枝子に目配せをした。すると、梨枝子の表情が弾かれたように戸惑い、ほんのり赤く染まる。思わず俯いてしまう梨枝子の素直な反応を見て、依緒は声を抑えて笑った。
「ははー、みさきくんね。確かに女の子受け良さそうだよね」
「そんなことないよ」
 梨枝子は弱々しい声で控えめに答えたが、ひいきなしに見てもやはり二年生の中では岬だろうと頷けた。ルックスだけでなく、夏の太陽みたいにさっぱりとした性格や明るさは愛嬌があり、人を惹きつけるものがある。
「で、問題の三年だけど……」
 知香が急に渋い表情を浮かべたので、依緒と梨枝子はつられて言葉を失い、知香の次の言葉を待った。知香は不服そうな顔で黙ったまま依緒の背後を見て目配せをすると、あれ、とばかりに顎でしゃくって合図をする。どうやらすぐそばに居るらしい。まさか同じクラスとは、あまりにも身近な存在に依緒と梨枝子は驚いた。
「え、誰!?」
 依緒は梨枝子と共に、知香が示す方向に振り返ろうとして思わず動きを止めた。表情が引きつり、心の中で何度も問い直したが、どう考えても依緒の後ろには一人しかいない。

「日暮くん?」
 梨枝子が控え目に陽介の方に視線を送り、囁くように呟くと、知香は呆れた表情を浮かべながら首を上下に振った。陽介は相変わらず何か話している様子で、まさか話のネタにされているなどとは思ってないだろう。依緒は、ようやく知香が不服な顔をしている理由が分かった。知香にとって見れば、陽介は女たらし以外の何者でもない。
 自分の体が強張っていくような感覚を覚え、心が焦る。今、自分の顔は不自然ではないだろうか。意識しすぎて、上手い言葉が見つからない。
「今いる子で何人目だっけ、あいつ」
「六人。あ、八人だっけ?」
 梨枝子は指を折って数えだしたが、どうやら指の本数だけでは足りないようで、しまいには困ったように首を傾げた。
「まあ、確かに顔はいいわよ。女が好きそうな顔だもんね。何か、甘い感じ? 話せば性格も悪くないし。けど、女関係はダメ! あんなやつと付き合ってたら身がもたないよ」
 知香が同意を求めるように目を合わせたので、依緒は曖昧に笑った。
「依緒はどう思うの?」
「え! わ、私!?」
 依緒は心の中で悲鳴を上げた。言いたいことは沢山あるが、もしかしたら陽介に聞こえるかもしれない。何より、知香の言う「身がもたない」を経験してしまった自分としては口に出すのもためらわれた。洒落にならない。

「依緒、もしかしてタイプだったり……とか?」
 鋭い知香の言葉に、依緒は真顔で首を大げさに左右に振った。上手い切返しも考えられずられず、頭がパンクしてしまいそうになる。
「ぜ、全然だよ! 私はもっと私を大切にしてくれる人でなきゃ。やっぱり優しい人が好きだよ。それに、私はあーゆう顔より、え、えーと、や、や、社和泉のほうがいいかな。あはは」
 自分の笑う声がひどく不自然な気がして、依緒は口から火を吐いてしまいそうだった。どうしてか、こんな時に限って和泉の名前しか浮かばない。知香は「ふーん」といぶかしみ、頷いていたが、一方のの梨枝子は何か言いたそうに曖昧に口元を開いていたので依緒は焦った。頼むからそんなに分かりやすい顔をしないでほしいと引きつった笑顔を浮かべながら、梨枝子に必死に合図、というより念を送っていた。
「社和泉ね。そういえば、この間も雑誌真剣に見てたよね。依緒ってあーゆーのがタイプなんだ」
「え、あ、その、まあ、うん」
 タイプというよりは、傍にいる人で強烈な印象の男が和泉しか思いつかなかったのだ。好きと言われると答えに詰まるが、嫌いな顔ではない。
「でもさー、あの笑顔の裏には絶対何かあるって。いや、あるね」
 的を射た知香の呟きに依緒は息を呑んだ。和泉の営業スマイルを見抜いているとは、これだから知香はあなどれない。

「でも、和泉くんかっこいいよね。今度映画出るでしょ。ほら、義姉弟モノの」
 梨枝子は依緒をカバーしようと思ったのか、そう言って微笑んだ。義姉弟モノと聞いて、依緒の脳裏にこの間の和泉とのやりとりがよぎる。ふいに感触が蘇ってきて、周りの空気が熱くなった気がした。
 和泉はどこまで本気で演技をしていたのだろうか。そして何より、あそこまで受け入れてしまった自分が一番理解できなかった。気が付けば和泉のペースにのせられて侵入を許してしまっている。
「あれって、R−15指定でしょ」
「ええー! そうなの!?」
 何気ない知香の言葉に、依緒は素っ頓狂な声を上げた。だから、あんなシーンがあったのかと妙に納得できる。もしかして、和泉はそれが分かっていて、何も知らない自分に演技の相手をさせたのだろうか。そうだとしたら完璧に確信犯だ。いや、和泉ならやりかねないと、依緒は独り頭の中で自問自答を繰り返していた。

「ああ、そういえばさ、今日、夕方近くから雪降るんだって。傘持ってきた?」
 窓の外を見ていた知香がぼんやりとした表情を浮かべていった。依緒も外を見ると、空に浮かぶ雲はお昼の時よりもいっそう増えて、練乳でもかけたように白濁としていた。







NEXT  内緒TOP  NOVEL  HOME

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送