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内緒の関係
【secret.2 口止め料】




 やしろ和泉いずみ、18歳。
 現在、視聴率NO,1のドラマに出演している。役どころは主人公の同級生で準主役だが、その人気は主役に勝ると週刊誌で報じられている。コンビニへ行けば、和泉が表紙を飾っている雑誌は必ずと言っていいほど陳列し、YAHOO! で検索すれば出てくるファンサイトは数知れず。友達にしたい芸能人では第1位、恋人にしたい芸能人では第2位を獲得している。誰もが知る売れっ子のアイドル。新聞、雑誌、公式から非公式の個人サイトまで、依緒はいくつかの情報源を巡っていくうちに、ある程度の基本情報を掴んだ。

 >社和泉、本名未公表。
 >誕生日、5月17日。牡牛座。
 >血液型、O型。
 >出身地、未公表。
 >歌手、若手アイドルとして活躍中。最近ではドラマ、映画に出演。演技でも注目を集める。
 >好きなタイプ、笑顔の可愛い子。

「ふーん、笑顔の可愛い子、かあ」
 依緒は手鏡を覗き込むと笑顔を作ってみたが、不自然に笑う自分の顔が異様に見えてすぐに伏せた。何をやっているのだと、自分の愚行ぐこうを心の中でそっといましめる。昨日の朝、何の前触れもなく父に連れられて家にやって来た人物は、怪しいどころか、とんでもなく有名な男の子だった。依緒のクラスにも熱烈な和泉のファンが多い。愛らしいクラスメイトの口から日に何度もその名前が甘くつむぎ出されるのを、依緒はいつも遠巻きに見ていた。
 皆、恋焦がれる一方でその恋が叶わないことを悟っている。恋ではなく憧れなんだと自分の心に納得させる。手が届かないことを十分に承知しているからこそ、報われる事のない悲しみを軽くする術を心得てしまっている。身分不相応と言われようが、夢みたいだと馬鹿にされようが、募る想いはいつだってコントロールが効かなくてやり切れない。

「ホントに夢みたいな事って起こるんだー」
 依緒はベッドに寝そべってぼんやりと天井を眺めた。時計のアラームが鳴り響く。ボタンを押して停止させると、ゆっくりと体を起こした。体の節々にだるさが残る。重い体と鈍い頭を引きずるようにして部屋を出ると、洗面所へ向かい歯ブラシを手に取った。
 社和泉という男の子は、誰もがおそらく一生縁がない別世界の人だと思っている、本当に遠い人だ。そんな人が、あろうことか父の勤めている事務所に所属していたことを昨日知った。父が芸能事務所に勤めていたのは知っていたが、仕事について何も言わないので、売れないアイドルしかいない落ちぶれ事務所だと思っていた。それが、あの某有名事務所だったと聞いて、依緒はしばらく言葉が出なかった。
 とりあえず今日が日曜日だったことが幸いと言える。こんな重大な秘密を抱えたままクラスメイトと顔を合わせることなど出来そうにない。

「はあ……」
 朝食のベーグルをかじるとため息が漏れた。洗顔と着替えを済ませてリビングに来ると、母がサラダとベーグルを用意していたのだ。依緒の好きなブルーベリーのベーグル。しかし、それには目がいかず、依緒は入った瞬間、無意識に辺りをうかがってしまった。しかし、和泉の姿はなく、それが良いのか悪いのか複雑な気分になって胸がぐるぐると渦を巻いた。
 和泉が同じ一つ屋根の下で生活していると思うと、昨夜は満足に眠れなかった。部屋着もズボンではなくスカートにして、髪の毛は余所行よそいきの様にゆるくふわりと結んでまとめた。一体何を期待してそんなことをしてしまったのか理由があまりにも分かりすぎて、自分をそっと嘲笑する。
「依緒、ため息つくと幸せが逃げるのよ」
 キッチンに立っていた母は、柔らかく微笑みながらお皿に盛った苺を依緒の前に置いた。緩くウェーブのかかった巻き髪が鎖骨の辺りで軽やかに揺れている。
「違うよ、ベーグルが美味しくてため息ついてるの。だからこれは幸せのため息」
屁理屈へりくつねえ」
 母は白く細い指を口元に当ててくすりと笑った。薬指にシンプルなシルバーのリングが光る。
「苺、甘くて美味しいわよ」
 そう言うと、母はまたキッチンに戻っていった。依緒は苺を唇でくわえると、リモコンを取ってテレビをつけた。ワイドショーは相変わらず同じ事ばかり繰り返している。どのチャンネルも、和泉の話題が独占していた。

 和泉がマスコミから逃げてきた理由は、ドラマで共演中の人気女優相良さがらレイと熱愛な関係だと報じられているからだった。人気を集める二人の関係に、マスコミが食いつかないはずがない。ただ、和泉本人が相良レイとの関係を否定していたのが謎だが、結局のところ、本当のことは本人達にしか分からないのだ。
 二人が共演しているドラマの映像がワイドショーでピックアップされる度、依緒はまじまじと見つめてはこもった息を大げさに吐いた。甘い苺の味も香りも、ブルーベリーのほのかな酸味も口の中を通り過ぎていくだけのように感じる。
 社和泉と相良レイ。あまりにも似合いすぎてぐうの音も出ない。笑顔が可愛い子、という和泉の好みのタイプが頭に浮かんだ。相良レイの微笑みは、今までに一体何人の男を虜にしてきたのかと思うほど綺麗で柔らかで、口角の上がった口元は可愛らしいのに、ほのかな色っぽさが漂う。

「あ、和泉くんね」
 母は嬉しそうに声を弾ませてテーブルに座った。
「お母さん、好き?」
「もちろんよ。和泉くんカッコイイじゃない。でも、やっぱり実物の方が数倍素敵ね」
 少女のようにあどけなく笑う。クラスメイトが見せる顔と同じように、どこかうっとりとしている姿を見て、依緒は呆れた顔で見つめ返した。母の暢気のんきは今さらのことだが、たまに付いていけない時がある。
「お母さん、それじゃせっかく帰ってきたお父さんがかわいそうだよ」
 少しくらい寂しがってあげなきゃね、と苦笑しながら、依緒はもう一つ苺を掴んで口に含んだ。







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