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 和泉は、確かに見ているこっちが面食らってしまうほどカッコイイ。芸能人はテレビを通さなくても芸能人だということを改めて気付かされた。しかし、あれから依緒は予備校に行き、和泉もすぐに仕事で、夜も依緒が寝るまでには帰って来なかった。一緒に住んでいることがまだピンとこない。もしかしたら夢なのではないかと、予備校で仲の良い男の子の頬を遠慮なくつねらせてもらったが、彼は本当に痛がっていたので、どうやら現実のようだと依緒は受け止めた。
 これが現実だとするならば、さすがに今は家にいるだろう。どこの部屋で、どんな姿で寝ているのか頭の隅でぼんやり考えていると、背後でリビングのドアが開く音がした。
 思わずドキリとして振り返ると、想像通りの人物がそこに立っていた。ただ唯一予想が外れたことは、彼がパジャマではなく洋服であったことだった。まるで、雑誌から出てきたように、文句のつけようがないセンスの良さ。髪型は昨日と違い、緩くパーマがかかっている。背はそれほど高いわけではないが、細くて長い手足がセンスのよさをさらに引き立てていた。

 噛みかけの苺を口の中に含んだまま、依緒が思わず見とれていると「お帰りなさい、和泉くん。疲れたでしょう」と、母がスリッパの音を立てて駆け寄った。
 依緒は思わずテレビに表示されている時刻に目を遣った。朝の9時にお帰りとはどういうことだと不思議に思っていると、和泉の後からゾンビのように青白い顔をした父がひょっこりと姿を現した。
「あらパパ、どうしたの、その顔」
「いやあ、マスコミを巻くのが思ったより大変でね。もうあいつら蛇みたいにしつこいから」
 そう言って、父は倒れるようにソファーに座り込んだ。目を瞑り、指先で眉間を揉んでいる。目の下に膨らんだくまが、疲れをぶら下げているように見えて気の毒に思えた。
「仕事だったの?」
 ようやく状況を理解し始めた依緒は、母に肩を揉んでもらっている父に聞いた。
「雑誌の撮影だよ」
「えっ」
 依緒は反射的に振り返った。声は予想を外して背後から流れてきたのだ。
 目が合った瞬間、心がきゅっと縮んでしまった。答えたのは、ドアの側に立っていた和泉だった。

 和泉は依緒の横を通り過ぎて父の前まで来ると、昨日のように頭を下げた。
「すいませんでした。こんなに大変なら俺、しばらく仕事休んでも……」
 その姿は見ている方がかわいそうに思うくらい誠実で、芸能人といえども皆が高飛車なわけではないのだと感心した。
 父は黙って立ち上がると、和泉の両肩に手を置いた。
「バカ言うな。一緒にここまできたんじゃないか。こんなことで諦めてたまるか。それに……お前の夢なんだろう」
 安心させるように穏やかに微笑んだ父の瞳には、どこか切なさが滲んでいた。
「まあ、こんなに騒がれるほどお前も人気者になったってことだ。知名度がさらに上がるという面では利用させてもらうさ。それより今はゆっくり寝たほうがいい。徹夜続きでだいぶ疲れただろ。ただでさえ、精神的に参ってるって言うのに」
「徹夜!?」
 依緒は思わず声を上げた。人気があると忙しくて何日も眠れないという話はよく聞くが、スキャンダルのこともあり、さすがに昨日は帰って来ていると思っていた。
「依緒、悪いが和泉に部屋を案内してやってくれ。恭哉きょうやの部屋、空いてるだろう」
「あ、うん」
 依緒はうながすように和泉を見遣ると、そのままリビングを出た。「それじゃあ、失礼します」と、和泉がその後に続く気配を背中に感じた。

 うわ、どうしよう。階段を上る度に心臓の鼓動が大きくなる。すぐ後ろに人気アイドルがいると思うと、踏みしめる足が微かに震えた。気まずい、気まず過ぎる、誰か助けて……と、飛び出しそうになる心の叫びを胸に抑えて、お互い沈黙を保ったまま廊下の突き当たりの一番奥の部屋に着いた。
「ここだよ」
 ドアを開けると、あるじがいないはずの部屋は妙に綺麗に片付いていた。母が昨日のうちに掃除したのだろう。シーツはしわ一つなく、心地良く広がっている。
「へえ」
 一言呟いて、和泉は部屋の中へと入って行った。その後姿を見送りながら、依緒は自分の役目が終わったことに安堵あんどした。このまま側にいたら心臓がもたない。空気のない宇宙に放り出されてしまったような息苦しさから早く解放されたくて、逃げ出すように言葉をかけた。
「それじゃ、私はこれで」
「あ、ねえ」
 和泉に呼び止められ、無視するわけにもいかず、依緒は小さくため息を付いて部屋の中に入った。

「恭哉って?」
「ああ、恭哉はね、2つ年下の弟だよ」
 サッカー命! と叫んで、親の反対も押し切ってイギリスの高校へ留学してしまった弟。バカバカと小さい頃ののしっていたら、イギリスに留学するなどと本当に突拍子もないことを言い出して父と母を散々困らせた。少年リーグやジュニア選抜の大会では優勝の実績もあり、サッカーが上手いのは認めるが、やはり大切な弟を単身で海外に行かせるのは危ない。誰もが反対し、散々家族会議が設けられたが、結局父も母も恭哉の情熱に負け、ホームステイという条件でしぶしぶ認めたのだった。
 しかし、今はその、命! が金髪の色っぽいお姉さんに変わっていると言ったらどうなるだろう。父と母の顔が真っ青に染まる事は容易に想像できた。この間の夏休みに帰国した弟の口から、初体験がどうのこうのという台詞が漏れた事だけは秘密にしようと依緒は堅く心に決めていた。







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