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内緒の関係
【secret.4 罰ゲーム】




「ありがとーございましたー」
 店員の元気な声を後にして、依緒はビニール袋を下げて薬局から出た。黄色い薬局袋には、髪染めスプレーとリップクリーム、そして四角いケースの錠剤が入っている。頭痛薬の錠剤は、生理痛の重い依緒には必須のもので、ついでに買い足しておく事にしたのだ。
 空を見上げると、雲の合間から覗いた太陽が光の強さを増していて、駅前の時計塔が11時を告げていた。
 なぜ、受験を間近に控えた今頃になってデートなんかしなくちゃいけないのか。しかも相手は芸能人。もしかしたら一般人を狙ったドッキリなのではないかと辺りを見回すが、テレビカメラは見当たらない。依緒は大きく息をついて、再び空を見上げた。青い空が切ない心に沁みる。

「あ、依緒」
 ふと、よく知った声がして顔を下ろすと、友達の梨枝子りえこが微笑んで立っていた。風で髪の毛が横になびいている。綿菓子のような優しい甘さと、細い飴細工のような繊細な雰囲気が漂っていた。梨枝子の笑顔はふわふわとシャボン玉のようにほのかで、ケーキのスポンジのように柔らかい、独特のもの。ここ数日、荒れ狂った生活の中にいた依緒にとって、まさに天使の微笑みだった。
「梨枝子! 偶然だね」
 依緒は足早に駆け寄ると、「予備校?」と聞きながらさりげなく梨枝子のバックを見た。白地の小さな肩がけのショルダーバックの中には、とても勉強道具が入っているようには見えない。依緒は不思議に思いながら再び顔を上げた。
「ううん、今日はね、その、T市のテニスコートに……用事があって」
 梨枝子は言葉に詰まりながら、言いにくそうにぼそぼそと呟いた。やや俯いて視線を外すのは、秘密を隠す時の梨枝子の癖。テニスコートという言葉を聞いて、依緒はすぐに理由を悟った。
「ああ、あいつのとこね」
 依緒は「なあんだ」と肩を落とした。あいつとは、梨枝子の一つ年下の彼氏、みさきのことだ。とにかくお調子者としか思えない態度で、中等部の頃から梨枝子に付きまとっている、と言いたいところだが、一応付き合って3年目になる。きらきら輝く太陽のような岬と、穏やかで落ち着いている月のような梨枝子は雰囲気など全く違うはずなのだが、二人が一緒に並んでいる姿を見かけると、同じ空気の中にいる感じが伝わってくる。認めたくないが、結構お似合いの二人なのだ。
 しかし、やはり大好きな梨枝子を独り占めしようなんて許せない、と依緒はいつも知香と話していて、年下の岬をからかったりしているのだが、最近は岬の方も上手く交わす術を身に付けたようであまり取り合ってくれず面白くない。
「梨枝子がわざわざ行かなくたって勝つでしょ、岬くんは」
 岬に少し意地悪をするつもりで、依緒は淡々と言葉を述べた。岬を素直に褒めることは気が進まないが、テニスが上手い事は誰もが認めていた。中学生の時は、数ある3年生を押し退けて2年生唯一のレギュラーだった。女の子にも人気があるのは事実で、その度に梨枝子が人知れず悲しい顔をしているのを、依緒は何度も見ていた。しかし、悔しい事に、そんな梨枝子を救ってあげられるのは自分ではなく、やはり岬なのだ。

「あ、うん、でも、今日はちょっとね、色々あって」
 梨枝子の態度はどうも煮え切らない。
「あ、また何か賭けたんでしょ」
 依緒は何となく思いついたことを言葉に出すと、梨枝子は突然顔を真っ赤にして首を横に振った。しかし、依緒の目は誤魔化せない。すぐに長年の勘で察知した。
 梨枝子も懲りないなあ、と思う。毎回岬に上手くのせられているように感じる。依緒から見れば、岬はお調子者で甘え上手な後輩にしか感じられないが、梨枝子はそんな岬が好きなのだ。
「前は確か旅行だっけ、賭けたの」
 ふとその時のことを思い出して、依緒は小さく噴き出した。賭けのことを聞いた知香が、父親のような剣幕で岬のクラスに乗り込んで行ったのだ。年頃の男女が旅行するといえば、行き着くところはアレだ。賭けを持ち出した岬も、怒った知香も、行動の半分は冗談だったのだろうと今では思うが、血相を変えて知香から逃げていく岬の姿は、母親にしかられる息子の姿そのままで笑えた。
 結局、その後二人が旅行に行ったのかは定かではないが、それからはさすがに梨枝子も口止めされているらしく、賭けのことは口に出さなくなった。しかし、素直な性格が災いして、梨枝子に何かあると依緒も知香も気付いてしまう。素直なところが梨枝子の良いところなのだが、岬としては心配の種かもしれないと、依緒はそっと心の中で苦笑した。







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