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spring on the ground
春だから……





 青い空が一面に広がり、柔らかい陽射しが差し込む中庭の花壇。色とりどりのチューリッピが咲き誇る、その色に紛れて、花壇に座り込む2人がいた。
「ちょ……先輩、ここヤバイって……」
 逃げるように唇を離すと、かいは背後の地面に手をついて腰を引き、のけぞった。息を乱し、頬を染めて、表情を隠すように下を向く。
 春のゆるい陽射しが絵麻えまの背中に当たり、生ぬるい風は髪に触れて、そっと持ち上げるようにふわりとくすぐった。
 チューリップが風で不規則に揺れる。ハンドベルを逆さにしたような格好で、揺れるたびに春の合奏がそっと流れ込んでくるようだ。
 ふいに海が顔を上げ、何とも頼りない表情で、訴えかけるような眼差しを絵麻へ投げかけた。戸惑いと羞恥しゅうちに満ちた海の表情に絵麻はくすりと笑うと、そのまま海に近づいて首に手を回す。白い腕がしなやかに首の後ろへ回る。指先でなぞるように滑らせたのはほんのイタズラ心で、それに反応する海をからかうことが楽しかった。
 海となら、柔らかい土のじゅうたんの上に座り込むのも悪くない。新しいおもちゃをうっとりと眺めるように、絵麻は恍惚こうこつとした表情を浮かべた。おもちゃは、どんなことにも新鮮な反応を見せて、絵麻を飽かせることがない。

 海は慌てて絵麻の手を外そうと腕を伸ばしたが、絵麻は静止を促すように言葉で遮った。
「海くん、君は私とペアなんだから。先輩の世話をするのが後輩の務めでしょう」
 絵麻が静かに微笑むと、海は不服そうな顔でぽつりと言葉を漏らした。
「こうゆう世話は、学則にはないですって」
 海の慌てぶりが声の調子によく表れていた。学則なんて本当はよく見てないくせに、と絵麻は心の中で思いながら、柔らかい微笑みを崩すことなく言った。
「いいえ。校則第3条“決められたペアは、どちらかが卒業するまで互いを助け支え合い、仲むつまじくすること”。……ね、これも立派なスキンシップの行為でしょ」
「んな、強引な……」
 不満を述べるその唇にそっと人差し指を押し当てると、海の動きはぴたりと止まった。
 すぐ傍には、濃い緑色のジョーロが無造作に転がっている。先ほどまで、海が園芸委員で使っていたものだ。零れた水はすっかり地面に吸いとられて跡形もない。
 絵麻は指を離すと、代わりに優しいキスを落とした。
 寒い冬を終えると、恋人達は春の野に出て愛を確かめ合う。だから春はどの生物も競うように恋人との関係を重ねるのかもしれない。こんな暖かい日は、無性に海に触れたくなる。
 この広い敷地の片隅で、絵麻と同じような行為にふけっているものは果たして何人いるだろう。伝統的な一つ一つの校舎は、西洋の館をもじったように美しく、芸術性に満ちている。神殿を思わせるような、縦にラインの入った太く白い柱。ところどころに描かれた天使の彫刻。統一されたシルバーの学園カラーで縁取りされた窓ガラス。校舎の扉は背丈の何倍もあり、大きな口を開けて生徒を飲み込んでいるように思える。そして、銅で作られた正面玄関の扉は威厳に満ち、暗く重々しい。
 正門をくぐれば、昇降口まではゆるりと続く坂を歩いて一分ほど。坂道の両側は、ゴルフ場さながらの青い芝生が広がっている。

 この大豪邸を思わせる校舎は、莫大な寄付金で成り立っている。そしてその寄付金を払っているのが、絵麻も含め、特進科在籍の生徒達なのだ。
 科は二つあり、普通科と特進科。無論、能力のレベルだけで言う特進ではなく、全てはお金で成り立っている。認められた頭脳と十分な寄付金を払える者だけが特進科に入ることができる。

 そして、もう一つ。両方の科の交流のため、設けられた学則があり、それがペア規定だ。
 特進科と普通科の生徒がペアとなり、卒業まで交流を深める。ペアはランダムに選ばれて、先輩後輩、同学年、異性、同性、と誰と誰がペアになるか組み合わせに限度はない。
 2年である絵麻とペアになったのが、新入生の海だった。初めての出会いから早くも1年が過ぎる。特進科の生徒の中には普通科のペアをペットや下僕、パシリとさげすむ者もいるが、絵麻にとって海は傍にいると癒され、ついついからかいたくなる存在と言えた。
 ただ言うことをきくだけの人間はツマラナイ。その点、海は絵麻を特別扱いせず、屈する態度を見せない。唯一、屈するところがあるとしたら、こうして女を知るときだ。





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