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 普通科では、このペア制度を縁として有利な就職ができると割り切っている者もいる。実際、普通科への受験人気が高いのは、こうゆう理由からかもしれない。
 絵麻はふいにキスをやめると海と目を合わせながら、海も、その真っ直ぐな心の中にそのような下心を隠しているのだろうかと思った。そんなわけはないと信じる一方で、そんな海の一面を知りたくないないだけかも知れないという不安がよぎる。
 来年の春には卒業して、もう、こうやってからかうことも、ふざけることもできないだろう。ペアという絆は、学校を離れてしまえばもう縛られることはない。そして、海は絵麻ではない新しいペアと学校生活を共にする。
 こんな風に先のことを考えると、いつだって甘い痛みが絵麻の心を襲う。春は辛いことが多いから、そっと慰めるように暖かい陽気なのだろうか。

 絵麻は悲しみを振り切るように、のけぞる海の上に抱きついた。
「海くん、好きよ」
 海は戸惑うような声を上げたが、覆いかぶさるように抱きつく絵麻を支えているため、後ろについた両手を外すことができない。しかし、それでも良いと絵麻は思った。抱きしめ返されることなど、海には望んでいない。望むときりがなくなるから。きっと離れられなくなってしまう。
「先輩……俺……」
 海は何か言いかけたが、絵麻は強引に遮った。
「いいから。ねえ、早く……して?」
 絵麻は微笑んだ自分の表情が悲しみで崩れるのを見られたくなくて、打ち消すように唇を重ねた。
 その先は言わないで。あと一年、待ってくれれば私はいなくなるのだから。それまでは、この刹那に過ぎる楽しい時を一緒に過ごしてくれればいい。
 すると、ふいに海は支えていた力を抜いて地面についていた手を離した。絵麻の重みで、そのまま二人重なるようにしてドサリと地面に倒れる。絵麻は驚いて少し起き上がると、下になっている海を見下ろした。

 海はじっと絵麻を見上げると、どこかばつが悪そうな顔をして言った。
「俺、別にペアだから先輩とこうゆうことしてるわけじゃないですよ」
「え……」
 絵麻は言葉に詰まって目を丸くした。すると、海が起き上がる気配がしたので、そのまま脇に退いた。
 さわさわと風が通り抜けていく。すぐ傍に立ち並ぶ木立の茂みから、小鳥のさえずる声が聞こえた。
 海は体を起こすと、呆然とした表情で座り込む絵麻の手を取り、自分の指を絡めてそっと握った。
「だから、先輩も……俺以外とこうゆうこと……しないで、下さい……ね」
 そう言うと、海は一向に俯いたまま顔を上げようとしない。絵麻は初め何を言われているのかよく分からなかったが、そっと海の表情をうかがうと、思わず笑みが漏れた。
「海くん、それってヤキモチ?」
 絵麻がからかうように言うと、海はさらに表情を戸惑わせた。相当恥ずかしいらしく、押し黙っている。ふいに絵麻の心にくすぐったい気持ちが溢れてきた。ちょうど今の春風のように。

「私のペアは君でしょう、海くん」
 絵麻はくすくすと笑いながら、繋いだ手にもう片方の手を添え、包み込んだ。この手も、体も、去年とは違う。男の子はどんどん成長していく。そして、いつか男の人になる。
「春ってちょっと危ない季節ね」
「何で? ……っすか」
「だって海くんが、すごく男の子に見えるんだもん」
「俺、一応男ですよ」
海は呆れた顔で、ため息を漏らすように言った。
「うん、だからなおさら……ね」
「なおさら?」
「ううん、な〜んでもな〜い。それより早く委員会の仕事終わらせちゃってよ」
 絵麻はゆっくり立ち上げると、スカートについた土を払い、海に手を差し出した。
「終わらせてって、邪魔したの、先輩ですよ」
 海は不服そうな顔をして瞳を細めたが、ふと力を抜くように笑って差し出された絵麻の手を取った。
 ぐいと力を込めて引き、海を起こす。

 絵麻は目の前に立つ海を見上げ、そっと静かに微笑んだ。
 去年よりも確実に広がる身長差。海は確実に、男の子から男の人になっていく。あどけなかった表情が、いつの間にか絵麻を追い越している気がした。
 絵麻はもう一度海の手を取り、自分から指を絡めると、海は何も言わず握り締めた。
 いつかこの手が大人になっても、こうして握り返してね、海くん。
 心の中でそっと囁くと、絵麻は空を見上げ、瞳を細めた。
 真っ青な空のもと、どこからか、桜の花びらが舞い落ちてくる。

 無性に、君に触れたくなるの。
 君が男の子であることを、一番強く感じてしまう。

 だから……ね、春はちょっと危ない季節。








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