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内緒の関係
【secret.11 交錯する想い】




 お風呂から上がり、肩に掛けた淡いピンク色のタオルを使って髪を挟むように水気を取りながら、依緒は廊下を歩いていた。言葉が出ない代わりにため息ばかりが漏れて、幸せが逃げて行ってしまいそうだ。ため息の原因はただ一人のはずなのに、考えているとなぜかもう一人の人物の顔がちらついてしまう。過去には全く関係のない、今を共に過ごしている人……。
 依緒は遠くを見るような視線を床に落として部屋に向かっていた。すると、少し手前のドアが開き、和泉が本を持ちながら出てきた。B5サイズで、文庫としては大きめのサイズの本を片手に持ちながら読みふけり、もう片方の手でドアを閉める。瞳には眼鏡がかけられていて、そんな和泉を見たのは初めてだったが、違和感があまりないのは眼鏡も似合ってしまうほど和泉の顔が整っているからだろう。
 和泉はよほど本に夢中だったのか、横を向いて依緒を見るとやや驚いた表情を浮かべた。
「あ、風呂入ったの? じゃ、俺もはーいろ」
 そう言ってそのまま横を通り過ぎていくのを依緒が呼び止めた。和泉は振り返ると、本から顔を上げた。
「あ、眼鏡、どうしたのかと思って」
「ああ、これ? 俺、目悪くてさ。普段コンタクトなんだけど、傷付いちゃったみたいで、目が痛いから」
「大丈夫?」
「うん。……あ、あーやっぱ痛いかも、まばたきすると」
 和泉が手で目を押さえる。依緒はとっさに駆け寄ると、和泉の顔をのぞき込んだ。和泉との身長差はおよそ15cmほど。少し背伸びをすると、上から和泉の顔が同じように覆いかぶさってきて、唇が触れた。
「ちょっと!?」
 依緒は反射的に身を引いた。思わず唇を手で押さえると、和泉は悪戯が成功した子供のように満足した顔つきで笑った。
「ダメじゃん、依緒。風呂上りに近づいちゃ」
「また騙したの!?」
「違うって。ホント痛いし」
 痛いと言いつつも、どこか楽しげな表情が表れている。
「今度こうゆうことしたら、口きかないからね」
「ふーん。じゃあ俺が開かせてあげるからいいよ」
 依緒は思わず言葉に詰まった。意地悪く笑っている和泉の顔。和泉の言葉の意味がふと頭の中でイメージ化されて、そんな自分が恥ずかしくなった。顔を逸らし、下を向く。依緒の警告はいつだって和泉の前では泡と消える。悔しいはずなのに、どこか心が踊ってしまう。

「あ、依緒」
 和泉は持っていた本を依緒に渡した。
「それ、持ってて」
「あ、うん」
 依緒は曖昧に返事をしながら、本の表紙に目を落とした。『love is farther than you』と、大きくタイトルが書かれている。それ以外は殺風景な表紙と言っていい。
「これ、もしかして台本?」
 依緒が問いかけると、和泉は頷いた。途端に本を持つ手の力が抜ける。これが世に言う台本というやつかと、まるで後光が射す仏を見るような目で依緒は台本を見た。端は擦り切れ、表紙にはシワがいくつも入っていて決して綺麗とは言えないが、ボロボロなのは何度も読んでいる証拠だ。
「よかったら読んでていいよ」
「え、いいの!?」
 依緒は表情を輝かせて顔を上げた。子供のような瞳の輝きに和泉が苦笑する。
「いいんじゃん? 別に。他の人に話さなきゃ。風呂上がったら取りに行くから」
 和泉はそう言うと軽快に階段を降りていった。依緒も部屋に戻ると、髪を乾かすのも忘れてページを開いた。予想通り、横線や波線、書き込みがぎっしりとされていた。和泉の字はお世辞にも上手いとは言い難いが、演技に対する熱意が十分なほどに伝わってきた。本当に心から演技が好きなのだろう。
 どうやら和泉の役は晴樹はるきという男の子の役らしい。依緒はベッドの上に座ると壁際に寄りかかって、黙々と文字を目で追った。

「依緒、入るよ」
 ドアの向こうからかけられた和泉の声に、依緒は台本の世界から呼び戻された。和泉はタオルを頭にかけて髪を大雑把に拭きながら部屋に入り、机の前にある椅子に座った。依緒はまだ読みかけの台本を閉じると和泉に返そうとしたが、和泉がそれを止めた。
「せっかくだからさ、ちょっと練習相手になってよ」
「え! 無理だよ」
 依緒は首を大げさに振った。読むだけならいいが、演技なんてとんでもない。断固として拒否したが、和泉は笑うばかりでとりあってくれない。
「いいから、いいから。依緒は美琴みことの役ね。じゃあ33ページ5行目から」
 依緒は戸惑いつつも促されるままにページを開いた。5行目を探すとちょうど主人公《晴樹》のセリフから始まり、どうやら晴樹《和泉》と美琴《依緒》の二人だけのシーンらしい。
「じゃ、いくよ」
 和泉はもう内容を暗記しているのか、余裕の表情を浮かべた。
「し、知らないからね、わたし相手じゃ演技にならなくても」
「いいよ、棒読みでも。なんか新鮮でいいし。それに、相手役の女の人もあんま演技上手くないしね。あ、二人の関係はだいたい分かってるよね」
 依緒は渋々頷いた。内容は義姉弟の恋愛ものらしいということは、読んでいて察した。禁断の恋の話というのは、設定だけで盛り上がるものがある。







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《おまけ》 台本『love is farther than you』の一部

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